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最終更新日 2003.11.25
(初稿 1999 09.09)

■君のいる場所

[感想]

 みなさん、こんにちは。誤読のお時間です。  「みなさんって誰よ」というツッコミは脇にのけといて、以下『君のいる場所』雑感、行ってみましょ〜。

高冬の居場所

 まず高冬ですが、私はこの話は、前提として攻×受の恋愛がお約束になっている話ではなくて、親子関係が軸になっている話だなあと思ったのですが、彼が主人公に相応しく不幸なのは、義父から性的虐待を受けていたことと、母親がそれに気づきながら守ってくれなかったこと、と問題が二本立てになっているところではないかと。
 傍目には仲の良い幸せそうな家族ですが、その負の部分が全部高冬に集中しているんですね。義父からの強姦、関係を拒めば母親に手を上げるという無言の脅し。何も知らない母は「みんなで幸せになろうね」と言い、義妹の りえ は「お父さんもお母さんも好き、でもお兄ちゃんは一番好き」と言う。家族が壊れてしまうから、彼女たちの幸せが壊れてしまうから、高冬は義父に「嫌だ」と言えなくなってしまう。ある意味、合意の上で繰り返される性的虐待。身体に傷をつけたり、言うことをきかせるために煙草の火を押しつけたりされて、けれど誰にもそのことを言えない。そして母親が父親と高冬の情事の最中に踏み込むという形で訪れる破局。しかし母親はすべて高冬のせいだと言って彼を家から追放する。
 家族というのは閉鎖性が高いだけに、ひとつ歯車が狂えばその中の弱者に非常に負担が集中するシステムなんだと思います。高冬が佐久間に過去の出来事を語る場面、「気づいて、お願い――助けて」と、本当は母親に 100%守って欲しいのに、母親の愛情を信じたいから、自分を受け入れてくれる場所がそこにあると信じたいから、「そばにいてくれるだけでいい」「裏切られたわけじゃない、勝手に期待してただけ」と、自分の願いをどんどん譲歩してゆくのが凄く可哀想だと思ったのですが、しかし、本来自分の居場所を作ってくれるはずの親を信頼せずに、子供は一体誰を頼りにすればいいというのでしょう? どんなに手酷く裏切られても、何より大きな存在である親を否定できない子供は、自分を殺すしか道がない。高冬が「これで解放される」と義父を殺そうとするシーンがありますが、そんなことをしたら、そもそも高冬が守ろうとしていた「幸せな家族」が壊れてしまうのは明らかなのに、そんな簡単なことにすら気づけないほど追いつめられているのに、やっぱり高冬は誰にも助けを求めることはできないんですね。つらいことも悲しいことも何も感じないように、何も考えないようにしてとりあえず毎日をどうにかしのいでいる彼には、自分を守る足場も余裕もなくて、もう独力では檻の中から出られない。あげく、母親は守ってくれなかった、自分は見殺しにされたと、はっきり言葉にしてしまえば、そこは奈落の底だから高冬にはどうしても認めることができない。だからいつまでも苦しいままで。
 何より欲しいものだからこそ、手に入らないと思い知らされるのが怖くて、誰にも欲しいと言えない。自分を受け入れてくれるところ、安心できる居場所、そばにいてくれる誰か。
 佐久間に見せる高冬の泣き顔の幼さが、「夜は恐い」と泣いている子供を抱え込んだまま、自分の心を削るようにして生きてきた彼の傷の深さを表しているような気がします。

母親の気持ち

 しかし、一切の感情のはけ口を子供に求めた母親の気持ちも判らなくもないですけどね。子供の傷だらけの身体を目にしながら、その無言の訴えを見て見ぬ振りをしてしまった彼女ですが、信じたくないことを先送りしてしまうというのは誰にでもあることだと思います。特に、疑惑の相手は自分の再婚相手な訳ですし。
 それでも、ひとたび夫と息子の関係に疑問を持てば、一つ屋根の下のこと、夫がしていることを確認するのは多分簡単で……、そして、夫は妻たる自分より息子にご執心らしいと判ったら? それを夫に直接確かめるのは、やはりためらわれるでしょう。ことがことだし、それにもし問い質してみて本当のことだったらどうするのか。自分にだって、夫への愛情や自尊心もあるし、それに、一度慣れた生活は手放したくない――金銭上の問題の他にも、世間体というものがある。離婚したと聞けば周囲は理由を聞きたがるだろうし。かくして、誰も何も言わないまま、母親自身も何も気づかないふりを装うが、でも、やはり無理は続かない。「本当の家族になって――みんなで幸せになろうね」という気持ちが本当であればあったほど、裏切られたと感じた時、それまで抱いていた夢や希望や愛情は負の感情へと反転してゆき、それらを真っすぐ夫にぶつけられない分、憎しみはもう一方の当事者である息子へと向かい、本当は一番の被害者であるはずの息子を加害者に仕立てあげずにはいられない……。だってねえ、いくら「やさしい人」であろうとも、フツー「頼まれてしかたなく」息子のベッドの相手なんてしませんて。それは、真相に気づきつつ直視したくない妻とそれに乗じた夫の二人が、夫婦間の表面上の関係を保つために、みえみえの嘘と知りながら結んだ協定だったのだと思います。(妻が乱入してきた時、ズボンのベルトを外す前で良かったねえ、お父さん<勿論嫌味)  ……ただ、子供にとって親はとにかく「親」ですから、ましてや高冬の場合、自分を養うための母親の苦労を目の当たりにしていますから、彼の中で、何にかえても母親を守ろうとする意識が強くなるのも至極自然で、それは純粋に相手を思いやる気持ちなだけ当の母親から否定され拒絶された時の絶望も大きくて。
 結局のところ、母親はタチの悪い結婚詐欺にあったようなもので、諸悪の根源はあの再婚相手なんだと思います。母親が再婚話を受けた理由の一つには、子供に金銭的な苦労をさせたくない、という思いも多分にあったと思うんですね、自分のことばかりでなく。それに何だかんだいって、高冬のために部屋を借りて必要なものを全部揃えておいたのは、それなりにお金も手間もかかることだし、やはり彼女なりの親心だったのではないでしょうか。残念ながら、それはいっそう高冬を傷つける結果となってしまいましたが。
 もっとも、息子にすぺての罪をきせて「幸せな家庭」を維持しようとした彼女ですが、その後、今度は夫が実の娘を妊娠させたことが発覚、出産が原因で記憶障害を起こした娘について「都合の悪い事は全部忘れているのよ」と言ってのけるほど、壊れておしまいになったようですが……。

諸悪の根源

 ところで、高冬が家を離れて2年も過ぎてから何で今更、義父が彼の前に現れたのか、それって、「私も早く来たかったが準備にいろいろてまどってね」なんていうのはまったくの嘘っぱちで、高冬がいなくなってから、次は実の娘に手を出したのが妻にバレ、流石にあの家にいられなくなったから……というのが裏事情なんでしょうか。そうだとしたら、義父が高冬のアパートを訪れた時に、高冬がそのことを知らないでいて幸いだったと思います。もし高冬が妹の妊娠を知っていたら、何があろうと絶対に義父を殺していたでしょうからねえ。
 しかしまあ、このおっさんもまるで同情の余地がなく、いっそ清々しいまでに自分勝手な馬鹿野郎ですな。この人さえ、分別をもって我欲を抑えていたら、話は全然別の方向へ進んでいたでしょうに。娘の身体にまで傷なんかつけてたら許さねえぞ、この。
 が、このオトーサンもどうして、こうまでコワれてしまったものか、自業自得とはいえ、高冬に切りつけられ佐久間に力いっぱい殴られ、夢破れて頬を腫らしてよたよた歩いていく様を思えば哀れでもあり。これからどうするんでしょうねえ。
 ……結局、あの家で、妻と二人で暮らしていたら相当寒いぞ。

中津について

 高冬の義父に比べれば、中津は甘いというか若いというかまだ真っ当というか、高冬に「やりに来たんだろ?」と言われて言葉が返せないあたりバカがつく正直というか……合い鍵も貰えないで、それでもじ〜っとドアの前で待ちぼうけしてるとか、車買ったからどこか行こうとか、カワイイとこあるじゃないですか。この人のこと、決して嫌いじゃないですが、しかし如何せん高冬のようなややこしい事情を抱えた人を相手にするには経験値が足りなすぎ。
 「どうして俺を見てくれないんだ」と言いながら、そう言う中津だって「高冬を好きな自分」しか見えていないような気がします。そもそも2年前の集団暴行の時に、高冬の怯えた表情に心を鷲掴みされたものの、中津が暴走する仲間を止める行動に出られなかったのは、まあ、グループ内での立場というのもあるのでしょうが、しかし中津自身はあの場は高冬に暴行を働かなかったとしても(まさか、ついムラムラッときて糸引き納豆食わせるような真似なんかしてないでしょうね〜)、された方にしてみれば、実際に手を出した者も、それを制止せずにただ見ていた者も同罪です。そういうサイテーなことこの上ない出会い方で、相手に、心まで開いて自分のことを受け入れてほしい、と強く求めるのは少しばかり虫がよすぎるんじゃないでしょうかね。おまけに、二人で映画を見に行ってめずらしく和やかな雰囲気になったかと思えば、すぐ場外乱闘にもってくし。いくら若いからって、アンタちょっとサカリすぎ。もう少し自重しなさい。……って、この人も高冬の心が遠いことが判るからこそ、カラダでその隙間を埋めようとするんでしょうけどね、そうすればするほど高冬には嫌われてゆくばかり、引きとめようとしてやることなすこと全部裏目に出るし、どうにも悪循環ですな。やはりここは、縁がなかったということで、高冬のことはすっぱり諦めて、改心もしたことだし、これからは永ちゃんと仲良くやっていってください。
 しかし、永ちゃんのような子をどこでひっかけてきたんだか……。「初めて顔、見た気がする」ってアンタ、そんなんで今まであんな華奢なコ相手にガシガシやっとったんか、このバカタレ。更に永ちゃんも、こんな中津のどこがそんなにいいのか、それは謎でありますな。

佐久間の事情

 さて、真打ち佐久間の登場ですが、佐久間と高冬の共通点は、どちらも「ハズレの親」を持ったこと。ただ佐久間の場合は、子供を捨てた両親の代わりに彼を育ててくれた祖母が愛情深く接してくれたので、事態は高冬よりマシといえばマシ。とはいえ、ことあるごとに「おまえさえいなければ」と言い続け、ついには自分を捨てた両親のことを当然よく思っているはずもなく、憎んでもいますが、しかし佐久間は「親なんて所詮そんなもんなんだよ」というくらいには、軽蔑とも諦めの感情ともつきませんが、ともかくも親との距離がとれているので、だから、自己否定の深みに落ちこんでいる高冬を救いたいと思うのだけど、ここで、極めて唐突に他人との結婚話を持ち出したガールフレンドの亜呼に話は移りますが、彼女の両親は娘のことを思いやってくれる「アタリの親」なんですね。実家に帰る理由を亜呼から聞いた佐久間は、自分はそういう親子の繋がりにはかなわない……と、突然の別れ話にも、特に彼女を責めないで許してしまう。
 で、息せききって高冬のアパートに行くと超特大ハズレの外道オヤジがいるではありませんか。
 佐久間があの男をぶん殴ったのには、高冬に対する言い様に激高したのは勿論ですが、多分に目の前の関係と自分の過去を重ね合わせて――世の親すべてがハズレなら諦めもするがちゃんとアタリの親もいる、しかし子供には親を選ぶ権利も機会もない――平生は忘れていても時折見せつけられる、そういう不公平さへの憤りも含まれていたのではないかと思います。
 なので……、佐久間の身の上話から「親は子供を選べる……けど、子供は親を選べないもんな」→「俺、いいこと思いついた」→「一緒に暮らそう」と展開する台詞の流れからは、今更親子関係のやり直しは出来ないが、せめてハズレの親を引いてしまったもの同士で、ささやかに共同体をつくっていきましょう、と、だから「おかえり」の「ただいま」で終わっているんじゃないかなあと、思ったのでありました。
 ……なので、つまり……、『君のいる場所』連載終了時点では実は、佐久間と高冬がくっつくとは思っていなかったという……。ええい、読みが浅いぜっ。
 ああでも、考えてみれば、義父も中津も「君は私のモノだ」だの「おまえは俺のものだ」だの、無理にでも高冬の中に入ってこようとするタイプなんですよね(精神的に)。それが佐久間は、自分は一歩引いて相手を受けとめてくれるところがあるから、一緒にいると高冬はすごく落ち着くし安心もするだろうし、高冬が佐久間を慕う気持ちも判りますね。それに高冬は、つまるところ「守ってもらえなかった子供」なので、どうしても自分より大きな誰かに守ってもらいたいという欲求が(本人無意識でも)あるような気もしますし。

今後の展開は?

 コミックス2巻のあとがきによれば、「今後2人はもう少しだけ悩んで(その時、亜呼も出てくる)」とのことですが、どんなふうに亜呼が話に絡んでくるのかが問題ですね〜。亜呼も嫌いではないですが、でもな〜、先に佐久間の手を放したのはアナタなんだから、今更よりを戻したいなんて言ってくれるなよ。
 んでも、「そのあとは、千奈津と3人『家族編』に入ります」とあるので、その点は安心していていいのかなあ?
 いずれにせよ、作者が「本当に描きたいのはこれからなの」と言うところの話をぜひ読みたいと思います。

 さて、ここまでお読みいただきましてありがとうございました。
 少々感情論に走りすぎたきらいがあると思いますが、個人の思い入れということでご容赦願います。もっと全体をザックリ掴み取るような文章が書ければいいのですけどね。
 ううむ、思ったよりは長くならなかったかな(笑)